「節目をむかえたIT化」

  • 2006年2月 5日(日) 19:24 JST
  • 投稿者:
    HP委員会

「節目をむかえたIT化」

 ITコーデイネータ

ITC近畿会理事・副会長 公江 義隆

 

まえがき

この2?3年のIT投資動向調査の結果をみると、更にIT投資を増やす企業、現状を維持する企業、予算の削減に努める企業と、大企業では3極分化の傾向が顕著になっている。

また中堅・中小企業では、IT投資に本格的に取り組もうという段階にきたように見受けられる。

大企業をみると、同じ業種の同程度の規模の企業は同じような水準や内容の情報システムをもっている場合が多い。昨今(大変嫌な言葉であるが)“勝ち組・負け組”論議がマスコミを賑わした中で、企業業績と情報システムの間の相関関係を見つけるのは中々難しいというのが現実であった。経営層やユーザー部門からはIT部門に、IT部門からは情報子会社やベンダー企業に、“上手いIT”の提案要求のタライ回しが続いていた。旨い話は中々ないからであろう。

ITバブル期に雨後の筍のごとく乱立した所謂ドットコム企業の大部分は自己崩壊した。代表的な成功ケースとされるAMAZON.COMも利益が出せるまでに、ドッグ・イヤーの犬がその生涯を終えるほどの期間を要した。“クリック・アンド・モルタル”のクリックではなく物流設備などモルタルへの多大の投資が続いたためと言われている。その後このスタイルでの成功企業が続々排出している様子はみられない。

一方、一般消費者対象に情報やサービスを商品とする、インターネット・ベースの新しいビジネス(音楽や画像配信、オンライン証券・銀行、e-マーケット・プレースなど)が世の中に定着してきた。しかし、更なる新ビジネスの出現は沈静化しつつあるように見える。
また、福祉など新しいサービス分野では、ITをベースにした効率的な体制で起業し、ある規模までの成長を短期に成し遂げる企業が生まれた。

新しい年を迎えるにあたり、IT化の流れの一つの節目を迎えているように感じられる今、そんな目で中堅・中小企業の情報化の今後を考えてみた。


1・ITは戦略ツールか

この一両年、ニコラス G.カー「もはやITに戦略的価値はない」ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー、March、2004、(原著:「IT Doesn’t Matter」,Harvard Business Review,May 2003)という論文が、ITの供給者とユーザーの間で厳しい議論を呼んだ。この論文には以下のような内容が述べられている(注1)

  • 「戦略的価値(持続的な競争優位の基盤となる能力)は、競合企業が持ち得ないものを備えているという稀少性にある。一方、ITは、鉄道や電力などのインフラ技術がたどったのと同様に、誰でも入手できるモノ、つまりコモディティになりつつある。つまり、ITによって競争相手との差別化はできなくなる」
  • 「先発者が優位性を維持できる期間(技術のコピーサイクル)は短縮の一途をたどり、追随者であるライバルはより優れたものをより安価に入手できる」
  • 「これから企業に求められるのは、ITに積極的に競争優位(戦略性)を期待するより、コモディティとしてコストとリスクを厳しく管理することが重要になる」
当然、IT業界からは強い反論があったが、皆さんはどうお考えだろうか。
念のため付け加えると、内容は「ITはビジネスに必要なツールであるが、進歩・普及とともに、これによる競争優位を築くことは難しくなる」といっているのであって、IT不要論ではない。

(注1):原論文の内容を基に、その後の攻撃や擁護論を踏まえた内容で下記の書籍が出版されている。関心のある方には一読をお勧めしたい。内容に抵抗のある方は具体的に反論を試みていただきたい。見えてくる問題があると思う。
なお、翻訳本には大変挑戦的なタイトルがついているが、原著は N.G.Carr「DOES IT MATTER?」、Harvard Business School Press である。
    ・ニコラス・G・カー著、清川訳「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」
 ランダムハウス講談社


2・コモディティ化とITの対応

コモディティ化という問題を携帯電話を例に少し考えてみる。10年ほど前の普及前には、固定電話と公衆電話という形に、電話としての大きな問題を感じている人はほとんどいなかったと思う(こんなものだと思って、それをベースに生活をしていた)。

  1. 先行者利益享受段階:この黎明期に携帯電話を購入した人には、“友人たちにチョッとだけ“いい格好”が出来た“、”先着順の電話予約でコンサートチケットをGET出来たなど他の人より少しトクをした“、或いは”商談の約束や、その場で本社に納期を確認・即答できたなど、仕事上の効用が少しあった“など、先行者メリットを享受できていた。しかし、それも僅かな間でしかなかった。
  2. 普及化の段階:後から購入した人が、自分より優れた機械を安く手に入れて、自分と同じように使いだした。先行者として自分が経験した苦労など無い様子だった。
  3. 仕組みの変革段階:ある程度普及が進むと、携帯電話を持っている事を前提に物事が進むようになった。例えば、待ち合わせ“の方法などは全く変わった。
  4. ディジタル・デバイドの段階:次には携帯電話を持っていないと、中学・高校生では”仲間に入れてもらえない“、会社員は”周りの人に余計な負担や迷惑をかける・やがて自分に付けが回ってくる“など、持っていないと不利益・損失が生じる段階になった。電池切れや家に置き忘れてはじめて、街角から公衆電話が消えてしまっていることに気が付く。しかし、携帯電話を持っているからといって他の人より優位になることは無い。

なお、ここで述べた 1.の段階以前に携帯電話には、肩から提げる重い大きな機械や専用アンテナを誇らしげにつけた自動車電話など移動体通信といわれていた時代があった。価格も数10万円していた。利用者は国や企業の要人、プレスティッジを誇示したい人などであったと思うが、当時どの程度のメリットがあったのかは私にはよくわからない。

今、企業や社会のインフラとしてコンピュータ活用をみれば、大企業では上記の 3. 4.の峠にたどり着いた段階(なだらかな下り途をたどる・ここで一服・更に別の尾根途をとる、など、今後色々の途がある)。中堅・中小ではいよいよ急坂にさしかかろうという段階であろうか。

コンピュータ・ネットワークはPCやインターネットの普及で、誰でも容易に手に入るものになった。パッケージ・ソフトの完成度が高まったことにより、業務用のシステムは“作る“から、”買う”ことが出来る時代になっている。入り口のバリアーは低くなった。
その一方、厳しい競争下で企業には効率とスピードが求められ、社内の業務や組織の形態が変化が必要となる。取引の方法や手段が変わり企業間での情報交換が電子化される。そうしなければ世の中から取り残される。

例えば、部品メーカーは取引先と設計情報を電子的にやり取りするために、好むと好まざるに関わらずCADシステムを入れざるを得なくなる(先行企業は先ずCADの活用から入り、その後に関係先との情報交換の電子化に進むケースが多く、後発企業ではこの逆の順序になる場合も多い)。CADを入れれば、これを使いこなして設計作業の効率化やスピードアップを考えなければCADシステムの投資の回収は出来ない。しかし、それぐらいのことはライバル企業も考えている。後発企業から見れば、お金を使い、その上苦労してやっと人並みの競争力が維持できるという厳しい時代なのだ。しかも、CAD(というIT)を追求しても、画期的な新製品開発に繋がるような競争優位技術は、ここから出てくるものではない。

話をもとに戻し、今後の中堅・中小企業にとっても、社会や企業のインフラとしてITのコモディティ化という問題を考えれば、 4.の段階で取り残される側になることだけは是非にも避けなければならない。つまり業界水準に遅れを取り、現実に何らかの不利益をこうむっている部分があれば、これだけは早期に手を打つ必要がある。その一方で 3.の仕組みの変革、業務改革へのIT投資は、投資効果が具体的に明確な部分にターゲットを絞りこむことが大切だ。

3.ITで出来ること

以前あるレポートに次のような図を描いたことがある。


Aは生き残る企業、Bは勝ち進む企業。Cは外からの攻撃に弱い不安定な状態にある企業、Dは生き残りのためにたゆまない前進が必要な企業である。

Dは気を抜けばCに戻る可能性がある一方で、長年にわたり努力を積み重ねることにより、AやBになれる可能性もある。
例えば、世間がPCはハイテクと思っているとき、これをいち早くコモディティと認識したデル・コンピュータは、「Speed or Death」の経営の哲学の許、経営スピードと効率化への努力を長年積み重ねて今日のポジションを築き上げてきた。同社のSCMや直接販売を成功要因とする分り易い話の裏にある、この経営者の考え方と努力の継続を見落としてはならない。
長年にわたる改善の積み上げを通じた飽くなき品質へのこだわりが、暗黙知(組織文化)となって、他の追随を許さぬトヨタ自動車の今日の姿がある。

ITに出来るのは基本的には矢印の方向に状態を変えることである。しかし、ITでやることは簡単に真似の出来るものが多い。また自分では画期的と思っていても、同じ程度のことは競争相手も考えている場合も多いものだ。CからDへITで進化したつもりで周囲を見回せば、ライバルがすぐ後ろに迫っていたということもよくある。下手をすれば投資の泥沼にはまりかねない(注2)

一方、差別化できる商品を持つ、Aの企業にとってならどうであろうか?
例えば、地元の小さなマーケットで、他社製品には無い自社の製品の特徴を評価して購入してくれる顧客が1%いるとする(残りの99%の人にとってはこの特徴は必要のないもので、むしろ価格やその他のサービスに関心がある)。
話を簡単にすると、地元の1%の顧客が必要とするこの製品は、全国マーケットでも1%の潜在需要が見込めるということになる。他社に無い技術や優れた製法を持つ企業、特産品を持つ地方などには、インターネットによってこの潜在顧客を顕在化できる可能性がある。差別化できる製品やサービスを持つ企業はITを活用して更に強くなれる。マーケットを世界に広げることも出来るかもしれない。最近こんな企業が話題になる。
一方、既に全国営業展開する大企業にはこんな手での効果は低いし、そもそも1%しか潜在シェアの無い製品は大企業にとっては魅力が少ない。小さい組織が有利な商売である。しかし、これは差別化できる売り物があっての話だ。そうでない何処にでもあるもの(コモディティ)を、わざわざ見ず知らずの遠隔地の業者に求めるのはよほど酔狂な人しかいない。

また差別化できたサービスの例として、品揃えを強みにする部品の専門卸がある。ここには他店にはない稀にしか需要のないものまで揃えている。この店にとっては売れ筋商品ではなく、“売れない商品”こそが武器なのだ。この一見非効率に見える顧客指向を長年続けたノウハウがこの組織に蓄積されている。ここに在庫管理システムを導入すれば、“売れない商品”の品揃えを更に広げる余力が生まれてくる。ITが強みを更に強化することになる。しかし、これも長年の努力で蓄積したノウハウがあっての話だ。“売れ筋”を強化し“死に筋”商品を排除していくのが常識の世の中で、その逆の発想や行動は一般には怖くて出来ないだろう。勿論IT先行で出来る話ではない。

このように、差別化できる商品やサービスを持つ企業においては、ITは極めて有効に機能する。

(注2)
コモディティ型の企業について長期的な特性を理解する参考として紹介する。
(下記の“考え方”の記述の中で、設備投資をIT投資と読み替えてみていただきたい)

株価は短期的には大きな振れもあるが、長期的には企業の業績や成長をあらわしている。
様々な相場やバブル崩壊をくぐり抜けて10万5000ドルから300億ドル以上の富を築いた米国の株式投資家バフェットの投資ルールと考え方(*)は簡単に言えば下記のようなものである。なお、ここで彼の云う優良企業とは、“コモディティ型――他と差別化出来ない低付加価値の事業を行っている企業”と、“消費者独占型――ブランド価値が高く取り扱う製品が強い市場支配力を持っている企業”に分けた後者のことである。航空会社、鉄鋼,自動車などは前者である。ちなみに、バフェットの推奨していた消費者独占力を持つ企業銘柄は、コカコーラ、剃刀のジレット、チュウ―インガムのリグレー、チョコレートのハーシー、新聞のワシントン・ポスト…・などであった。
(*)M・バフェット他著「ウォーレン・バフェットの銘柄選択術」、日本経済新聞社)

投資ルール:
「インターネットであれ、バイオであれ市場を風靡した相場は避けて通る」
「株価は僅かな材料で大きく振れるので、悪材料で株価が下がった時に優良企業株を買う」

考え方:
「コモディティ型の業界では低コスト企業が生き残る。そのため本来なら企業の価値を高める効果の大きい新製品開発や企業買収に使われるべき資金が、たえず(コストダウンの為の)設備投資に使われ、それが収益を圧迫する。A社の合理化の結果、脅威にさらされたB社もそれに対応して、同様の合理化を行いシェア維持を狙って価格の引き下げを行う。結果的にシェア―の変動は起こらず、利幅が低下する悪循環が繰り返される。
このような業界にも時々良い風が吹く時がある。各企業は供給力を増やす為大きな設備投資を行い、従業員の賃上げ要求に応じる。やがてブームがされば過剰な生産設備と高賃金の従業員が後に残される。コモディティ型の事業では経営陣の質とレベルが特に高くなければならない。先見性を欠き経営資源の配分を誤ると、熾烈なコスト競争の餌食となる。

あとがき

鉄道会社が駅構内の店舗や郊外の大型ショッピング・モールの人の賑いとシャッターの閉まった駅前商店街、静かな中小の工場街、意欲満々の外国人留学生と日本人学生の輝きのない目を見るにつけ思う。
土俵から企業の規模の壁や国境がなくなり、企業間競争は等級別・地域別競技から無差別級の国際試合になった。
大企業の腕力には技で、海外企業の低コスト/量には質で戦うことが、中堅・中小企業にとって本当に大切になっている。
“言うは易し、行うは難し”ではあるが、強みを持つ企業は“強みを強化する施策の徹底実行”を、強みを持たない企業は“強みを作っていく戦略の策定と息の長い実行”に真剣に取り組まなければならないと思う。

以前にある人から「ITCのプロセスは、IT化のための経営戦略策定見たいですね」と冷やかされた。問題の本質をついた意見だと思った。
経営戦略から入りITを出口とするITCプロセスガイドラインは、IT化の視点を基本に、ITを経営戦略に整合させる筋道を示した優れた教科書だと思う。しかし、経営からみればIT化は施策の一つに過ぎない。

情報システムを設計する人にとっての成果物が、設計書ではなく稼働し運用されている情報システムという作品であるように、経営戦略に携わった人にとっての成果物は、経営戦略企画書ではなくその企業の業績である。自分の考えたことの評価をおこなえて、はじめて能力を醸成が可能になる。PDCAのサイクルはこの範囲でまわす必要があると思うが、どんなものであろうか。

 

 

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